コラム:外国人の診療と応召義務

【医師からの質問】

当院の前で、外国人旅行者が転倒しました。骨折や捻挫のような症状なのですが、診察・治療の依頼があった場合はこれを断ることはできませんか。というのも、日本語を理解していないか場合もあり、納得しないと診察料も支払わず、また、薬の転売事例もありました。

1 ご存じのとおり、医師には応召義務があり正当な事由なくこれを拒否することは許されません。応召義務は医師法19条1項という公法上の義務なのですが、同時に患者保護の観点もあるため、患者に損害が生じた場合には、医師に過失があるという推定がされ、「正当な事由」を証明しない限り賠償責任が生じるという裁判例があるため、慎重に判断する必要があります(神戸地判平成4年6月30日、千葉地判昭和61年7月25日)。
2 しかし、後で述べる令和元年通達により、「正当な事由」の範囲は広くなったということができます。特に、通訳人がいないため、愁訴が分からない場合は「正当な事由」にあたる可能性があります。解釈にあたっての参考は令和元年12月25日通知が参考になります。
3 まず、診察時間外であることのみを理由として診察拒否は許されないとする昭和24年9月10日通知もあります。他方、令和元年通知では、「医療提供体制の変化や医師の働き方改革といった観点も踏まえつつ、医師法上の応召義務の法的性質をはじめ、医師や医療機関への診療の求めに対する適切な対応の在り方は見直されているものと考えられます。そして、労働協定や労働契約、労働基準法に違反するような場合」、応召義務違反には当たらない可能性があるとの解釈が示されています。
4 もっとも、あなたが内科医の場合整形外科医の領域は専門外であるので、患者に本来求められているし診療治療が高度なものであると推認される場合は、他の専門医の診療を受けさせた方が妥当である、ということもあるでしょう。
5 次に、患者が外国人の場合、言葉の問題や診療報酬の問題が生じます。まず、患者の症状について日本語による詳細な説明ができない場合は診療を拒んでも正当な事由がある場合があると解されます。
6 他方、例えば、同じ外国人であっても、日本の文化に理解のあるレジデンシャルの外国人は何らかの保険に入っていることも少なくなく、社会常識が通じるものの、ツーリストは気に入らない場合は診療報酬も支払わないで医師を怒鳴りつけて帰ってしまうということがあります。
7 このように、トラベラーの場合、健康保険に入っていないことから、治療費の支払いが見込まれるか疑問がある場合もあるため問題視されやすいという事情があります。
8 トラベラーの場合、全く支払いの見込みがない場合、診察の拒否はやむを得ないものとして、正当な事由があるように思われれます。所持金が無いというだけでは、診療の拒否は許されないとする見解もあるようですが、健康保険に入っておらず、所持金ゼロの場合は、全く支払いの見込みが立たないものと言わざるを得ないでしょう。
9 この点、医療費の不払いについては、支払能力があるのに悪意で支払わないような場合や確信犯のような場合、診療拒否しても差し支えないものとされていますが、本当に全く資力がない場合はどうするかは確定的な法解釈はなく、難しい問題といえるでしょう。このことは、保険診療における自己負担分の未払いも同じと解されています。
10 参考になるのは「緊急性」です。緊急性、必要性、相当性を具体的な事情の下で比較較量した結果といえるものです。したがって、緊急性が高い場合は、やむを得ず、正当化事由はないとされるべきです。他方、緊急性がない場合は、生活保護の受給などを促すこともあり得ないとまではいえないでしょう。
11 厚生労働省の通知では「何が正当な事由であるかは、それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべき」とされています。
12 外国籍の方のみに、アンケートを実施して診療の可否を決めることは、本邦外出身者に対する不当な差別的言動であるといわざるを得ません。これらは、患者の年齢、性別、人種、国籍、宗教のみを理由に診療拒絶している場合は応召義務に違反します。
13 とりわけ例えば、宗教上の理由で肌が見せられないとか触診ができないなどの事情があったとしても、レジデンシャルとトラベラーでは異なるのであって、まずレジデンシャルに対しては応召義務違反は正当化されにくい。
14 他方、トラベラーの場合は、迷惑行為の程度、全く文化が通じないトラベラー、言語の違いで意思疎通ができない場合、納得しなければ診療報酬を支払わなくても良いと考えている者、本国に帰国すれば治療可能性がある場合であっても直ちに、診療拒否は正当化されないものの、迷惑行為の程度、文化や言語の違いにより、結果として診療行為そのものが著しく困難であるといった事情が認められる場合は応召義務に違反しないと思われます。

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